時代錯誤と言わないで:映画は自分を映し出す鏡

今日は、「本能寺ホテル」という映画を見た。
映画が好きな私にとってネットで映画が手軽に見れるようになったのは本当に嬉しいことなのだが、何よりも、映画から得られるものの多さに感謝している。いつかは、この恩恵を受けていることに対する感謝も含めて、1冊の本に自分が感じていることを書いてみたいと思っている。

今日は、簡単ではあるけども、少し映画についてつづってみよう。
私が映画を見るときに大切にしている点は、「自分が映画を見てどのように感じるか」「自分の内側でどのように反応しているか」である。ある場面を見て、感情がとても揺さぶられるのであれば、まだ見ぬものが自分の内側に潜んでいる可能性がある。涙を流すこともあれば、悲しさや怒りがこみ上げてくることもあるかもしれない。また、あるストーリーを見て今抱えている問題に対してのヒントを得られるかもしれない。

今日観た「本能寺ホテル」では、主演女優が素敵だった事はいうまでもないが、男性俳優が演じている信長の役柄を通して、私自身の内側で深く共感する部分が生まれたこと。これが私にとっての大きなよりどころとなった。映画に関連する記事を書く事はあまりないが、実際に今日は記事を書くくらいに私自身の気持ちが動いたのだから。

私自身の内側で深く体感したのは、自分が命を失うということがわかっていても、自分の運命を悲観せずにそれ自体を甘んじて受け入れる男性俳優が演じた役どころである。

大切なのは、自分の深いところで何を感じているか。どのように反応してるのか。そして、そこからどのように気づきを広げていくのか。感性は人それぞれであり、同じ映画を見ていても、どの場面で何を感じるかは違うものであり、それが当然であるとも思う。

もう一つ加えて言えば、主人公になりきることより、なぜ自分がこんなに主人公に共感するのか、もしくは、なぜ自分がこの映画を選んで見たのか。ほんの少し振り返ってみることが大切だと思う。意識の向け方を少し変えるだけで、自分の内側で見えてくるものが180度変わることもある。

ただ偶然にその映画を見ているのか、何かの必然性があって映画を見たのか。私はこのポイントを大切にして映画を見ている。

とにもかくにも、映画が持っている可能性は偉大である。
同じ映画を何回見ても、その時によって自分の内側で響くことやヒラメキが起こる場面が違うこともある。だからこそ、こんなに簡単に映画を見れる時代になっても、映画を制作している方々に対しての感謝の気持ちは絶えない。

「本能寺ホテル」は、歴史上の「本能寺の変」が主題のテーマではあるが、たとえば、内容が史実に完全に沿っていないとしても、私にとって大した問題ではない。大切なのは、自分がそこから何を得るかであるから。
場合によっては、時代錯誤と捉えられるかもしれないけど、この映画の主題にもなっている、現在の感覚と過去の時代に生きる人との感覚(境遇から生まれる気持ち)が交差し合うポイントは、非常に興味深い。その他諸々、多くの感動を与えてくれる映画であった。楽しい一日をありがとう。

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