狂おしいほどに大好きで、痛いげな私。:【エッセイ】

赤ちゃんとの会話

ここ何日か、赤ちゃんと会話することが続いています。一昨日は、生後3ヶ月、そして昨日は生後一年くらいの赤ちゃん。会話といっても、感覚としてはハートを通して行なう会話のことです。いつの頃からか、自然とできるようになったのですが、この赤ちゃんと対話をしていく技術は、特別なものでもなく、誰しもができるようになるものです。私は、今後もこの手法をお母さんたちに伝えていきたいと思っています。

伝わってくることの多くはお父さんとお母さんに伝えたいこと

生まれたばかりの赤ちゃんは、とっても魂に近い状態です。そのため、大人になった私たちが頭で考えてもわからないような、貴重なメッセージを届けてくれることが多々あります。私が受け取った内容の中には、赤ちゃんのお父さんお母さんにとって、非常に有用なメッセージであることが多いです。

たとえば、
お母さんへは、「お父さんともう少し仲良くしてね」とか
お父さんへは、「お母さんをもう少し手伝ってあげてね」など。

何でこんなことわかるんだろうと、不思議に感じてしまうくらいに、さらに具体的な内容であることも多くあります。魂に近い状態のときは、思考がまだ発達していないから、意識がすごく柔軟なのだと思います。だからこそ、このような状態のときに、赤ちゃんと対話をしていくと、夫婦関係にまつわることや、赤ちゃん自身の未来に関わることや生まれてきた目的など、本当に心から欲しかった答えになるようなことを受け取ることも可能なのです。

私の体験を通して言えることは、2〜3歳位までの赤ちゃんは、貴重なメッセージを大人に伝えることができます。ただし、これは、赤ちゃんに対して私たち大人が聴く耳をもつかどうかによります。こんなに小さな赤ちゃんなのだから、まだ何も知らないに違いないと思っていれば、赤ちゃんの思いを捉えることは難しいかもしれません。

さて、そろそろ今日の本題に入っていこうかと思います。

赤ちゃんは、2~3歳ころから言葉を少しずつ覚え、社会(人間として)の生活に自分を合わせていくことにより、頭(脳)を使うことが多くなります。そのため、私にとっても、ハートを通して赤ちゃんと対話することは、彼らが3歳過ぎると少しずつ難しくなります。

しかし、これは人間としてごく自然なこと。人としての生活を通し、さまざまなことを体験していくことこそがまれてきた目的なのだから。たとえば人によっては、子どものときに心に傷を負い、いろいろな感情をため込むような体験をしていくこともあるかと思います。

幼少期の心の傷もときには宝物

ところ変わって、以下の内容は大人になってからの話。
たとえば、自分の人生を生きていきたいと、心から願うとき、前述したような幼少期の心の傷は、日常の出来事をきっかけとして、再浮上してくることがあります。

生まれたばかりの頃は、より魂に近い状態でありますが、ここは人間の世界。人として生きる中で、もがきながらも数多くのことを体験していく場所です。
人によっては、自分がどういう存在なのか、何のために生まれてきたのか、興味を持ち始めている方もいるのではないでしょうか。
しかし、それらを知っていくためには、幼少期の心の傷を癒やしていくことが必要になるケースも数多くあります。

たとえば私の場合

私は、他のページでも案内していますが、生まれたときから左のほほに大きなシミがありました。とくに小学生以降は、他の人からの視線や言葉に、心が傷つくこともしばしばありました。一つひとつの体験は本当に印象的で、大人になってからも、子どものころの味わった感覚がおのずと浮上してきて、引け目を感じたり気分が沈んだりすることもありました。

そして私は、あるときを境に、その過去の体験を見つめるようになっていきました。

理由を問いかけていく

なぜ、左ほほにシミをつけて生まれてきたのか?
わざわざ、なぜ嫌な体験をしなければいけなかったのか?

そして、子どものころの体験を通して、時間をかけてじっくり自分の内側を見ていくうちに、シミを持って生まれてきた理由を明確に理解できるようになりました。

遠い昔の出来事

過去に生きていた時代において、自分がどれだけ、女性として苦しい思いをして、自分の中にある女性としての性質を否定したのか。そのような感情をため込み、ネガティブな強い意識を抱いた分、それらが左はほにシミとなって現れていたのです。

それは、気の遠くなるくらいにはるか昔(過去世)の出来事です。しかし、それらのことは、私にとっては非常に大切なことであり、その過去世をたどることにより、この人生で解き明かしたかった内容を理解できるようになりました。内側に秘めているその大切なものを忘れないように、私はシミををつけて生まれてきたのだと思います。

私は結果的にどうなったか?

落ち込むことは以前に比べるとほとんどないと言っていいくらい、生活はとても楽になり、さらには、本当に自分が表現したいことを表現できるようになりました。

たとえば、私の仕事に関わること。
私は事業の一つとして、「いつくしみ(女性的な質をもつ愛)」を使い、心の傷を癒やしていく手法を伝えています。
以前は、自分の研究の成果を公(おおやけ)に発表しようとすればするほど、過去世で体験したその「怖さ=つらく悲しい屈辱的な感情」が自分の内側からせり上がってきていました。そのため、その感情を癒やしていかないと、私自身の仕事は進展していかなかったのです。

まさに、私が子どものころから抱いてきた心の傷は、自分が本当に言いたいことを表現することに対する「怖さ」と深く関わりがあったのです。
しかし、現在の日常の中で再び浮上してくる、過去に体験したとき感情を丹念に見つめ、癒やしていくことにより、自分に歯止めをかけていたものが外れていきました。
またそれだけでなく、継続的に、自分自身を癒やしていくことにより、自分でも気づかなかった本来の自分らしさや、生まれる前から内側に秘めていた才能をさらに表現できるようになりました。

身体の左側は女性で、右側は男性

私が、右でなく、左ほほにシミをつけてきたのも、決して偶然ではないと私は思っています。

以下は、授業の中で説明している内容です。参考にしてみてください。

身体の左側に現れる各種症状は、今生に生まれてから女性として体験してきたこと、もしくは過去世において女性として生き、そのときに体験したつらい記憶や感情などと深い関わりがあります。
逆に、身体の右側に現れる各種の症状は、男性としての体験や過去の記憶と深い関連があります。

たどり着く場所を同じ

たとえば、今人生で困難に直面している方がいるとします。だからといって、みながすべて、それらを解決していかなければいけない、ということでもないと思います。

人それぞれに人生の流れがあって、ただ体験すること自体が必要なときもあるかと思います。そのときに、どうしたらいいかわからなくても、あとになって理解できることも多々あります。

本来の自分というものを知るために、日常は展開していると私は理解していますが、きっと、どんなに時間がかかっても、たどり着くところは同じなのだと、そんなふうにも思います。




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