第五幕 「いつくしみ」を必要とする世界


時計を確認するともうお昼近くなっていて、箱根までの移動時間が頭をよぎったが、諏訪大社へ足を運んでみることにした。晴れ上がった青空が、ドライブをさらに心地よくしてくれている。

「そろそろ近くなってきたかな?」
目の前に見えてきた一つの山。周りの山とは明らかに異なる雰囲気を持っていた。
近くなればなるほど、あれが諏訪大社のご神体山だろうという確信みたいな思いが強くなる。

正面の鳥居に到着。案内看板を確認し、

「やっぱりそうか!しかし、あの山の存在感はすごいな」と、遠目からでも写真を撮りたいと思えるくらいの感動があった。


ゆっくりと社殿の前まで歩き、お参りをする。
なぜか二礼二拍手をする気持ちになれず
ゆっくりハートの前で手を合わせていた。

このとき私の中に、理解を超えた感覚だが
決められたことへ従うことに対する反発感が生まれていた。
何か、自分の中で、長い歴史を通じて封じ込まれてしまったような。
そのことに対するトラウマのような感情なのか。

決められたことに従う人々の意識
そして、それらを決めるある種の力。
それに対する反発感が私の内側で、にわかに沸き出ていた。


心もなんとなく落ち着かず、神社正面の鳥居の向こうにあるお土産屋さんの通りを歩いていった。
「りんご美味しいよー」というおばちゃんの声に誘われて紅玉のリンゴを買い、一息つく。
お土産を買い、並びにあったラーメン屋で昼ごはんを食べることにした。
ラーメンを作っているのは二人の女性で、お互いに心配りをしながらラーメンを作っていた。
また、お客さんにラーメンを手渡す時に心地良く響いてくる声がその場をとても明るくしている感じがした。

いろんな思いを抱えながら、再び境内を歩き、駐車場に戻り、箱根に向けて富士山方面へ向かうことにした。

駐車場を出て間もなく、ちょっとした不思議な光景に出くわした。
両脇が田んぼの小道をゆっくり走っていると、左から白サギが道路を横切ろうとしている。

「おおお、サギ!こんなに車が近づいても逃げないなんて」

悠然と目の前を歩くサギの姿を見ているうちに、白サギの首が「S字」になっていることがクローズアップされていく。

そのバランスの整った、やわらかく、見事なS字に気づいた瞬間に
「いつくしみ」だと思った。

ああ、そうか。
白サギが気づかせてくれたことは、自分の中のエゴ(小我)の調整でもあった。
内側で、にわかに湧き出ていた反発感。
でも例えば、片方が悪いと勝手に思って、それを意識していたら、きっと何もまとまらないのだ。


「いつくしみ」

ただそのものを受け入れることがとても大切で、呉越同舟(ごえつどうしゅう)のように一緒の船に乗っている者同士、睨みをきかせるのはよくないぞ、と教えてもらったような気がした。

大切なことを、この場所は気付かせてくれたんだな。

そんな思いと心からの感謝を抱きながら、富士山に向かうことにしたのだった。

2019年04月06日