子どもの頃から歌うことが苦手だった私の人生の物語。2024年7月より毎週月、木曜日に次の話を配信。第1話は、こちら。
第18話 過去の自分も一緒にすすむ
いったん会場を出て、車に乗り、ひと息ついた。
どうしよう……。不安が一気にこみ上げてくる。このまま本番がきても、あの場所ではいつものように弾ける感じがまったくしなかった。
自分の番までは、まだかなり時間があった。とにかくピアノを弾いて、今この手で弾けるかどうかを確かめてみたくて、家に帰って自分のピアノを弾くことも考えた。
だけど、往復の時間でほとんど時間がなくなってしまう。少しの間考えてみたが、近くの公園で時間をとって原因を探ってみることしか、他にできることはなかった。
会場に来る途中で見つけた公園に向かい車を走らせた。けれど、気分は最悪。いつになく内側で感情がごった返した状態で公園にたどりついて、駐車場に車を停めた。
そして、自動販売機で飲み物を買い、ベンチに座った。その飲み物が何だったかなんてまったく覚えていない。ひと口、ふた口飲みながら、心を少しずつ落ち着けていった。
いったいどうしたっていうのだろう……? 頭で考えようとすればするほど、細分化した答えを見つけようとしてしまう。
浮かび上がる不安の荒波が内側でいまだにごった返していたけど、背に腹は代えられない。公園のベンチに座りながら、目を閉じてハートの呼吸法を始めた。
少しずつ内側に現れていた感情の波が落ち着いてきてから、自分の内側で原因となるものを問いかけていった。
「なんで、手が止まってしまうのか?」
私はこの呼吸法を使うことによって、今まで何度も自分の内側から答えを受け取ってきた。
けれど、今回はなかなか答えとなるものがつかめない。少し前に指が動きにくくなったときのことと、関連している可能性を感じていたけど、明確にはわからない。
少し焦りも感じつつ、しばらくの間、呼吸法をしながら、自分自身に問いかけることをくり返していた。
そして、呼吸法をしているうちに、原因のいくつかを捉えることができた。
一つは、会場に入った瞬間に感じた苦手意識のようなもの。ピアノを弾いている先生の意識が音に乗って会場に広がっているように感じ、それがきっかけとなり、私の内側に潜んでいたトラウマが引き出されてきたようだ。それは、ピアノが弾けなくなった当時の再現ⅤTRを見ているかのようでもあり、心の奥底に眠っていた恐怖心や心苦しさなどがさらに浮き上がってきたのだ。
もうこうなったら、その浮かんできている感情を癒やすこと以外に効果を望めるものはない。そう思って、とにかく呼吸法をしながら自分の中の愛を、その当時(過去世)の自分の気持ちに対して送っていった。
こんなにも出てくるのだから、当時の感情は相当なものだったはずだ。じっくりと、当時の自分に対し理解を深めていった。
ふと気がつくと、そろそろ公園を出て、会場へ向かわなければいけない時間になっていた。
気分はだいぶ軽くなっていた。もう時間もなかったから、とりあえず公園の駐車場に向かい歩き出した。
そして、その途中で一言。自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
演奏中に指が止まっても、とにかく最後まで弾き切ろう。
会場に着いて少しすると、両親が到着した。直前に私がこんな状態になったことを両親が知る由もない。会場の空いている席に両親を案内して、私はその隣に座って順番を待った。
少しずつ順番が近づくにつれて心臓の鼓動が早くなるような気がしたけど、リハーサルのときの感覚とは違って、気持ちが落ち着いていた。
それでも、待っている間はできるだけ呼吸法をくり返した。自分が曲を弾くときに落ち着けるように、呼吸法によって生まれる愛のエネルギーをすぐ先の未来の自分に向けて何回か送った。
順番が近づいてくると、発表する人はグランドピアノの近くの席に座る。私の順番もいよいよ次になった。一時はどうなることかと思ったけれど、緊張感はあっても、不安な感じはそれほどない。
自分が座っている席から会場を見回したあと、最後にもう一度、呼吸法をした。そして、自分の中にやわらかいエネルギーが浸透していくのを感じていた。
前の人の演奏が終わり、いよいよ自分の番がきた。
グランドピアノの前に立ち、会場の方々に向けてゆっくりと頭を下げる。そして、楽譜を譜面台に置いて、椅子の高さと位置を確認して腰を下ろす。
息をすっと吸い込んで、ゆっくり吐き出した。すると、手がピアノの鍵盤の上にすっと動いていき、思いのほか自然な形で演奏に移っていけた。
非常にゆるやかな気持ちでピアノを弾けていることを奇跡のようにも思いつつ、そのいっぽうで自分の弾くピアノの音が、会場に心地よく響いているようにも感じた。
なんとも不思議な空間だった。グランドピアノの前に座っている自分の空間が、安心感のあるエネルギーで包み込まれているような感じがした。
途中から左手が震えだしたけれど、その心理的影響がほとんどないくらいに安定したものがその場にはあったような気がする。
レッスンの最中にも、曲の途中から左手が震えだすことがたまにあったが、この原因はすでにわかっていた。
過去世で、罵声を浴びせられたときに受けたトラウマが、大きな要因となっていたのだ。ピアノを弾いているときに、人が隣にいて見ているだけでも、怖さが瞬間的に現れてくることがある。
レッスン中に私がピアノを弾いているとき、先生は斜め後ろあたりから私が楽譜通りに弾けているかチェックしてくれていた。そのときにも急に手が震えだし、最後まで弾き切るのが難しくなることもよくあった。
滑らかに指が動き順調に弾けていたのに、曲の後半にさしかかったとき、突然、指が止まってしまった。
どれくらいの時間だっただろうか。おそらく数秒だったと思うけど、静かになった会場では、もっと長い時間が経っているようにも感じた。
「あれ? どこまで弾いていたっけ?」
ピアノを弾くことで精いっぱいでもあり、楽譜を目で追っているようでしっかりと見て弾いているわけでもなかった。だから、手が止まったとき瞬時に楽譜を見たけど、緊張していたこともあって、どこまで弾いていたかもわからなかった。
しかし、手が自然と勝手に動き出した。いつもだったら一度ピアノを弾く手が止まったら、すぐに弾き直すことは難しいのに。
過去世で苦しんだ自分も、もちろん、今ピアノを弾いている自分の中にいるのだろう。一度倒れてしまったけれど、そこからまた弾き直そうと、そんな気持ちになってくれたのかもしれない。再び動き出した手は最後まで止まることはなかった。
最後まで弾き切ったのだ。大きな安堵感とともに、私は弾き終えた自分を心からほめた。
「よくやった。本当によくやった」と。
・・・・
全20話の物語。第19話の配信は9月2日(木)12:00です。
配信済み話は、こちら。
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